何を書こうかと悩んでバックナンバーを眺めていると,2年以上前の横山先生の「教科書にも誤り?」のコラムに目が止まりました.私も教科書の間違いについては思い当たるものがあるのでその話をしたいと思います.ただコラムと呼ぶにはちょっと長くなりそうなので,みなさん暇な時にのんびり読んでみて下さい.私もビールでも飲みながらのんびりとこの原稿を書くことにします.(※注 この原稿は自宅で書いています.)
さて,ここで話をしたいのはMaxwell方程式についてです.
ここでは簡単のため,電束密度
D及び磁束密度
B は
ε ,
μ を定数として
D =
εE ,
B =
μH とします.∇はナブラ演算子です.電荷密度
ρ と電流密度
i はあらかじめ与えられているとすると,この式には未知関数が
E と
B の各成分3個ずつ(デカルト座標なら
Ex, Ey, Ez 及び
Bx, By, Bz )で計6個あります.一方,方程式の数は式(1)と式(2)で2個,式(3)と式(4)は各3成分なので,全体で合計8個となり,一見方程式の数が多過ぎるように見えます.方程式の数が未知変数よりも多過ぎると,一般には解が存在しません.この問題に対し電磁気学,特に光や電磁波の教科書で以下のような記述を時々見かけます.
「式(4)の両辺の発散を取ると
左辺は恒等的に0であり,右辺第一項に連続の方程式
を使うと式(5)は
となり,
f (
x )を時間
t に依存しない関数として
と書ける.自然界(宇宙)の始まりを
t =0としたとき
であれば,以後の任意の時刻tで式(1)が成り立つ.従って式(1)は式(4)から導くことが出来,独立な方程式ではない.式(2)も同様に式(3)から導くことが出来,独立な方程式ではない.つまりMaxwell方程式で実際に独立なのは式(3)と式(4)であり,式(1)と式(2)は考慮しなくて良い.」
本当にそうなのでしょうか.そもそもこれは単純に数学の問題であり,与えられた方程式系(1)-(4)が解を持つかどうかの議論のはずです.そこに連続の方程式(6)はともかく,宇宙の始まりの話まで持ち込むのはちょっと強引な気がして納得出来ません.
静電場や静磁場の場合だったらどうでしょう.静電場に対する方程式は,
となります.デカルト座標系で具体的に書けば
となります.静電場はこの方程式系でのみ記述されるはずです.この方程式系でも未知関数は
Ex, Ey, Ez の3個に対し方程式は4個でやはり一致しません.しかも,どう頑張ったって式(7)の第2式から第1式を導けるとは思えません.静磁場の場合も同様です.
この問題を解くための準備として,簡単な2元連立1次方程式を考えましょう.一般に連立方程式は以下のように3つのタイプに分かれます.
① 解が一意的に定まる.
② 解が一つには定まらない.
③ 解が存在しない.
まずは①の例です.
この方程式はすぐに解けると思います.答えはx = 1, y = -1ですね.次に②の例です.
上の2つの方程式は独立ではありません.第1式の両辺を2倍にすると第2式が得られます.上の方程式の解は無数に存在しますが,例えば次のように書くことが出来ます.
ただしtは任意
これが解であることは,方程式をちゃんと満足することから分かります.解は次のように書いてもいいです.
ただしsは任意
上記以外にも解の表し方はいくらでもありますが,いずれの場合にも式(9)の解には任意パラメータが1個含まれることになります.式(9)の例題は簡単すぎてむしろ分かり辛いかも知れません.そのような方は以下の連立方程式を解いてみて下さい.
では③の例です.
この方程式は「解なし」です.グラフを描くと分かりやすいです.この方程式では,第1式の左辺を2倍にすると第2式の左辺になりますが,第1式の右辺を2倍にしても第2式の右辺になりません.
式(9),式(11)の例では
x ,
y を含む左辺の項が独立ではありません.
x + 2
y =
a (
x ,
y ),2
x + 4
y =
b (
x ,
y )とおけば,任意の
x ,
y に対し2
a (
x ,
y ) -
b (
x ,
y ) = 0が恒等的に成り立っています.また式(10)では
x +
y +
z =
a (
x ,
y ,
z ),
x -2
y +
z =
b (
x ,
y ,
z ),2
x -
y +2
z =
c (
x ,
y ,
z )とおけば
a (
x ,
y ,
z ) +
b (
x ,
y ,
z ) -
c (
x ,
y ,
z ) = 0が恒等的に成り立っています.
では,静電場の式(7)に戻りましょう.結果を先に言ってしまうと,渦なしの法則
の3式は実は独立ではありません.3式の左辺の間には,任意の
E に対し次の恒等式が成り立っています.
この式は(∇×
E )x,(∇×
E )y,(∇×
E )zが独立でないことを示しています.例えば(∇×
E )x, (∇×
E )yが
と与えられている場合,(∇×
E )zの表式を上の2つの式から導くことが可能です.実際,式(13)を
z で積分して
と表すことが出来ます.
h (
x ,
y )は
z に依存しない任意関数です.∇×
E の
x, y 成分を与える演算子をそれぞれ (∇× )x, (∇× )yと書けばこれらは線形演算子なので,
z 成分を与える(∇× )zも同様に線形演算子であると要請すれば,線形演算子
L (
u )の性質
L (
au ) =
aL (
u ) (
a は定数)を用いて(∇×0)z =
h (
x, y ) = 0となり,
が得られます.
一方,式(12)の右辺は三式とも0なので,当然ながら∇・0 = 0 となり,左辺と右辺が両立しています.式(12)は2元1次方程式の例で②の場合に対応しており,独立な方程式は実際には2個なのです.そしてその解は皆さんご存知の通り,
ただし φ は任意
であり,3 (未知関数の数)-2 (方程式の数) = 1個の任意関数を含むことになります.従って静電場の方程式(7)では独立な式は全体で3個であり,ちゃんと未知関数の数と揃っているのです.方程式(7)の第1式はれっきとした独立した式であり,第2式から導かれるものではありません.
静磁場の場合はどうでしょうか.静磁場の方程式は
となります.第2式の左辺の発散を取ると∇∙(∇×
B ) = 0となるので,右辺で∇∙
i = 0が成り立っていなければ「解なし」です.∇∙
i = 0が成り立っているなら右辺と左辺は両立しており,2元1次方程式の例で②の場合に対応しています.物理の場合,「解なし」では理論として欠陥品であり,物理理論として無矛盾であるためには電流の保存則∇∙
i = 0が成り立っていなければなりません.従って式(14)の第2式で実際に独立な式は2個であり,式(14)も全体で独立な方程式と未知関数の数が揃っています.しかも式(14)の第2式から第1式を導くことは出来ません.
ここまで来ると,Maxwell方程式の式(3),(4)はそれぞれ独立な式が2個であることがわかると思いますが,それは皆さんご自身が確かめてみてください.そして式(1), (2)は独立な式であり,Maxwell方程式全体では未知関数と方程式の数は揃っているのです。
でも,ここに書かれたこともまた鵜呑みにせず,皆さんご自身がよくよく吟味してみてください.
さて,ここまで述べてきたことが正しいとするならば,式(1),(2)を考慮しなくて良いとした文献では,それ以降の記述は間違っているのでしょうか.いえ,実は間違ってはいないのです.結論を先に言うと,式(1),(2)は横波である電磁波の物理には寄与しません.それは具体的にどういうことかというと・・・.
すみません.なんか酔っ払ってきたのでそろそろ寝ます.