広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第55回 「Researchの意味」
 
榎波 康文


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”Research”の語源はフランス語で”to go about seeking”だそうである。語源を見ると研究とは”何かにとりつかれて突き進む”ことのように思える。Researchは何度も単調とも思える実験を繰り返して行う間にある日突然ブレークスルーが生まれてくることもある。Researchでは、数回だめでもパラメーターを色々と変えて簡単にはあきらめないことが重要視される。1回未満しか実験をしない人の結果は明らかにResearchではないが、日本の修士レベルではその程度でもよいのかもしれない。

大学では時間のかかる実験や何度も繰り返し行う実験を誰か他人にやらせてその結果を見てから自分が一緒に実験を始める場合と自ら誰もやっていない事に挑戦して先駆的なことを自ら見出す場合の2種類の研究アプローチが存在する。論文とはだれも過去にやっていない事を報告することによってその存在価値が高くなり多くの研究者に参照されるResearch論文となる。

このようなことは大学で研究を行う人であれば誰もが知っていることであるが企業での研究開発は異なるようである。大学や他企業の誰かがうまくいったり行きそうだったりする成果を改良後製品化して、品質管理を向上させれば儲かるとされてきた。もちろんベル研究所、IBM、インテル、NTTなどは民間企業であっても先駆的な研究成果を報告してきた例は多い。以前、ベンチャービジネスの講演会を聞いたことがある。その講師は「ある地域でやっていることと同じ事をやっていない地域でやるだけでも儲かる。」と述べていた。商人の世界ではこれが普通の考え方であるし、フランチャイズの基本的な発想である。

バブル崩壊前から現在まで企業は先駆的な研究開発に極めて消極的であると以前共同研究を行っていた企業研究所所長から聞いたことがある。例えば板ガラスを作る会社は自動車会社等にガラスを売ることによって利益を上げているので、先駆的な研究はお金の無駄と経営者が考えても不思議ではない。しかしながら、多額の税金が使われた半導体企業の破綻に見られるように20年前と同じ事を同じようにやってももうからないことも事実であり、過去を全て精算し新規性の高いことに挑戦しなければ今後は企業も破綻するであろう。熾烈な価格競争の前では、良質な労働力を背景にして得意としていた日本の品質向上に対する付加価値が色あせてきたともいえる。

15年前アリゾナを走っている車の多くは古くボンネットは砂漠の灼熱でペイントが劣化し白くなったり光沢がない車がほとんどであったが、日本車だけはボンネットが白くなっていなかった。250CC小型スポーツ二輪車に乗ってエクソンMobile 1 以外の安いオイルを使うと高回転ですぐにオイルが焦げて回らなくなるし、日本車以外は常にオーバーヒートする可能性が高い過酷な環境である。企業派遣されていた板ガラスの研究者の話では、自動車会社に納める板ガラスを製品化する際にはアリゾナ試験と言われる試験があり、アリゾナの砂漠の中で耐久試験を行うそうである。したがって、その当時日本の車体ペイントやオーバーヒートしないエンジンもアリゾナ試験を経て納品されていたため、耐久性が高かったと思われる。

現在ではアメリカ製のどの車もボンネットが白くなっている車はないし日本車以外でもオーバーヒートしない。車ひとつ例にとっても日本製の優秀さを示す証拠を簡単には見いだせない。アメリカの中古車屋はフュンダイもトヨタも同じだと主張し、フュンダイのほうが安くて保証期間が長いのでおすすめだという。ウォークマンで有名になったソニー製ですらアメリカではサムソン製と同等に扱われている。「安かろう悪かろう」と言われた日本製品の評判が徐々に上がったように韓国製品の評判も上がっている。

過去の例が示すように大学や企業の研究が先駆的で実用性が高ければその成果は産業に直結する。既存の物を売り続けるのも立派な仕事であるが、世の中を変えるような最先端技術を提供する企業はフランチャイズを行う近江商人の発想とは異なるはずである。周辺技術の成熟度や起業や販売のタイミングも重要であるので、企業の研究開発は大学より短期的結果を求めリスクの低いテーマ選択にならざるを得ない理由も理解できる。

言うまでもなく大学は本来リスクの高い先駆的な研究テーマに挑戦する場所であり、企業研究とは根本的に異なる。政治家に「2番じゃだめですか?」と聞かれて、企業経営者であれば「2番、5番でも十分である。」と答える。むしろ2番のほうが儲かる場合もあるかもしれない。しかしながら、大学の研究者は「世界1じゃないと意味がない。」と多くが答える。また、研究が復興に直接的かつ短期に役立つとも思えないが、フォトニクスの分野でも”復興のためのフォトニクス”をキーワードにして海外の学会で宣伝をしている人もいる。これを見て大学での研究の意味やその存在意義を自問自答する毎日である。2011年の震災からちょうど1年が経過しようとしている。

http://ireport.cnn.com/docs/DOC-753995

(2012/3/12)




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